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西山徹 Tetsu Nishiyama Vol. 3

原点回帰、自分たちはどこから来てどう始めたんだろう?




ブランドを休止させたことで見えてきた物事。ブランド再開と同時に「Philosophy」をスタート。

徹にとっての哲学とは?


ーそうだったんだね、それでまた「WTAPS」に戻ったんだね。


徹:原宿にあったアトリエに来たことあるでしょ?あのアトリエは休んでいる間に自分で作っていたんだよね。自分ではできない設備系の作業以外は友達やスタッフと一緒にね。クルマの工場で知り合った人とか、スケートボードを通して知り合った職人に手伝ってもらったりして。そんなアトリエ作りと平行して新しい店舗の準備もしていて。お店を始めるのに新しく人が必要になって誰かいないかな?って考えていて。

その店のコンセプトは自分を育ててくれたカルチャーを伝えてゆくハブにしたかったんだよね。映画、音楽、文学、スケートボードもバイクも自分がそれまで通ってきた、触れてきたカルチャー。それらをインスピレーションにブランドではモノづくりをしてきたつもりだったから、「WTAPS」ってブランドはそういうバックボーンがあってできているっていうのをわかってもらいたかったんだと思う。

だからそこに立つ人っていうのがとても大事で、悩んでいたところに直之(小学校からの同級生)が出てくるんだよね。当時彼は下北沢の飲食店で働いていて。ブランドもやってたから、その頃何度か訪ねて来てくれていてね。彼を見たときに適任かもってね。もとを辿ればスケートも音楽も先駆者的だったでしょ。それで彼に「『Philosophy』っていう本屋を始めようと思っているんだけれど、自分たちのルーツになっている物を置いて、音楽もそうだし。何かを売ってゆくという店というより、サロン的空間をやりたいんだ」っその話をしたら是非って言ってくれてさ。


ー休む前まではずっと服を作ってきていて、再開するというタイミングで自分たちのルーツを探る本屋を始めるというのは、また服作りを再稼働させるために必要なプロセスだったのかな?


徹:そうだね、原点回帰というか。自分たちはどこから来てなぜ始めたんだろう?っていう、そういうことを再確認しながら、「WTAPS」というブランドのバックボーンをわかってもらうための空間を作ったことは、後に考えると必要なプロセスだったんだろうね。店ではスケートボードのビデオが流れていて、「The Clash」のCDとか「Beastie Boys」のビデオが置いてあったり、いろいろな思想家の本も並んでいたり。昔の「Esquire」のバックナンバーもあったよ。自分の部屋を店にした感じだった。でも売れなかったね!笑。ただいろいろな人がお店に来てくれたよね。マーク・ゴンザレスがいきなり来て、突然「The Clash」のサンディニスタ買っていったり!


ーそうだね、あのお店ができて、俺たちも良くのぞきに行くようになったもんね、そしたらそこにリキ(小学校からの同級生)がいたりして。いつも直之が立っていたし。それまで接点が少なくなった徹が、その頃からまたどんなことをやっているんだろう?って気になるようになった。


徹:そうかもね、直之もいたし、なにかブリッヂのような役割の店だったかも。ポップアップがあった時にみんなで来てくれたよね。



ー当時復帰して、新しく始めた「Philosophy」のジンはどんなコンセプトで作り始めたの?


徹:”フィロソフィー”って哲学って意味でしょ。ニーチェとかキェルケゴールはアカデミックの分野において有名だよね。では自分の分野においての哲学者ってなんだろう?って、そう考えた時に「Philosophy」って名前になった。そこには「Beastie Boys」、「The Clash」、「Minor Threat」、「Black Flag」、「Public Enemy」自分が通ってきた音楽をはじめに「Martin Scorsese」、「Spike Lee」、「Michael Mann」の映画。「橋本治」、「原一男」、「森達也」などの作家の作品を並べてね。自分を育ててくれたカルチャー。そういう多様な文化が自分たちを形成してるよね。そこからもう一度考えてみようって。そしてさらにそのお店と同じ「Philosophy」という名前で、言語化したり視覚化したジンを作ろうと思って「Philosophy Zine」に移行したんだよ。


ー本屋を始めて、そのあとにジンを作った。それが結果的に徹の考えやバックボーンをみんなに知ってもらうことができたんだね。そしてその徹の考えを知って共感してくれる人がたくさんできた。洋服屋さんて商品の洋服を作るじゃない?例えば印刷物を作るとしても、もう少し販売に繋がるようなカタログとかそういう物を作るよね?そうでなくて、その服を作る人間が、どういうルーツを辿ってきて、哲学を持っているのかということを示す本を作り続けたって、当時の服屋にしては珍しいことだと思うんだよね。それはとても徹らしいことだと思うんだけれど。


徹:ブランド自体は言葉を持っていないから、そのブランドに言葉を持たせたかった。そしてもその言葉は自らの言葉で伝えなければと思って。ブランドの根幹には自分がいて、その自分はどういう物事から影響を受けて、結果こういう物になっている。って言う。



ーブランドとして物作りを長く続けていくのには大切なことだね。ブランドのファンでい続けてもらうっていう理由ってさ、例えばこのロゴが良いじゃん!って言ってもいつか飽きちゃうかもだし、他の人がもっといいロゴを作ったらそっちに流れていくだろうしさ。流行ったり、廃れたりもあるし。裏原って言葉ができて、ブームのようにみんながブランドを立ち上げたよね。あれからだいぶ時間が経って、そのブランドもだんだんと少なくなってしまった。こうしてずっと徹は自分のフィロソフィーに沿った物を淡々と作り続けていて、それを買ってくれるお客さんがしっかりいる。徹が思う哲学によってそれが成り立っているような気がしてさ。


徹:そうかもね。その「Philosophy」で軌道修正するためのうつ病だったのかもね。笑。


ー「DESCENDANT」はこのスタジオに越してきてから始めたの?


徹:そう、2014年に始めたんだよね。


ーこれまでの徹にとって「DESCENDANT」はとても大きなプロジェクトになっていると思うけれど。始めるきっかけは?


徹:ひろく言えば次の時代を生きていく世代を考えたことがきっかけだね。具体的には子供たちに自分たち親は何をしていたかってことを見せていくのが大事だと思ったんだよ。「DESCENDANT」(子孫)というブランド名も、クジラがモチーフなことも彼らが生きてゆく環境の中で生まれたもの。インスピレーションはこれからの時代だよ。


ーそうだね、次の時代を生きていく子どもたちには環境のことなどもっと考えてもらいたいよね。そういえば、「40%」も復活させてやっているよね?


徹:2009年に復活したかな。もともとは92年くらいに始まったんだよね。その後96年に「WTAPS」に改名してからは休止してたけど、2009年にリブートしたんだ。


ー「40%」はメッセージが強いよね。


徹:ストレートなところもありアイロニックでね。"No way we are going to lose"っていう”負ける気がしない”っていうアレは10年前の震災の時に作ったんだよね。今は”I am” だけれど当時は ”We are”にしていたんだ。逆境ってなにかを生むんだよね。緊張感のあるときにアートは生まれるって誰かが言ってたね。今という時代に生きているから。そういったことがインスピレーションになることはあるのかもしれない。スタジオに飾ってあるのも先日行った展覧会で出品した作品、”BEYOND THE CHAOS. SHALL BE TRUTH.”(混乱の先に真実がある)というフレーズなんだけれど。ちょうど大統領選挙やコロナ渦真っ只中の時だったしね。



ー世界的なパンデミックが起きて一年以上経つけれど、それ以降、服作りや姿勢が変化したことはある?


徹:あっ、だいぶかわったね!デジタルトランスフォーメーション。DX化されたよね。デジタル化されたことによって、いろいろなことがシームレス化されて、データで交わす回数とか多くなったしスピードアップしたよ。コミュニケーションも以前より密になったんだよね。逆に取りこぼさなくなったよ。きめが細かくなったと思う。仕事の進行とかも。


ー「ミヤシタパーク」内で展示していたよね。あのときに展示していた一点物のシャツ。この前もこのスタジオに来たとき、ツギハギしたプロダクトが置いてあったのを見てさ。あれは手作りだよね?


徹:そうそう、あれはこのスタジオで作ったハンドメイド。誰だかわからない人が染めた古着のタイダイTシャツがスタジオにあってね。それをマテリアルにしてパッチワークして作った作品だったんだよね。



ーーー



昨年ミヤシタパークで行われた「FORTY PERCENT AGAINST RIGHTS」のエキシビジョン「The truth is out there」で、プリントTシャツやさまざまな服の一部がツギハギされ、一つの服になった作品が展示されていた。そのあとスタジオを訪れた際にも同じように切断された服がツギハギされ新たな息吹を与えられたような服を見かけた。それらの服を見たときにその縫い目や一見アンバランスに思えるそのプロダクトに作り手の気持ちがとても表れているように見えた。二つとして同じ物はない。その服を着ることはなんだか作品をまとうような気持ちになるんだろうな。物が溢れ、同じ顔をした商品がたくさん並ぶ世の中、欲しいと思う物の選び方やその価値観を考える機会が多くなった近頃、徹が作るこの作品に納得したし、これから暮らしていく中でとても大切なことだなと改めて思う。


vol.4ではこのパンデミックの中、徹が考えるこれからについてを話してもらいました。




西山徹

1974年 東京出身。1993年、自分たちが着たい物をと「FORTY PERCENT AGAINST RIGHTS」を立ち上げる。その後「WTAPS」に改名。2004年にオープンさせた「Philosophy Store」のちに出版した「Philosophy Zine」では自身のバックグラウンドにも関わる書籍の販売や考えを言語化した冊子を出版し、多方面へと活動の幅を広げる。現在は「FPAR」を再開させ「WTAPS」、「DESCENDANT」のディレクターを務める。


text : Taku Takemura

photo : Taro Hirano


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